瞳の奥

東武ワールドスクウェア12月4日6の30
            パンジー 花言葉:「物思い」「思い出」
 

 雨はしとしと降っている
 
 遅い秋の、夕暮れ迫る
 中学校の木造校舎
 その2階の、3年生の教室
  
 白色蛍光灯の明るい光が
 窓の外の夕闇の色をいっそう深めながら
 がらんとした教室を照らし出している

 首にグレーの毛糸のマフラーを巻いた
 セーラー服の彼女は前の黒板のそばに立ち

 詰襟の学生服を着た僕は
 後ろの予定黒板の横に立っている

 教室に残っているのは、僕たち二人だけ

 二人とも学生カバンを持って
 それぞれ教室を出ようとしたのだが
 何かのきっかけで話が始まり
 
 それが頻繁に沈黙をはさみながら
 というより、沈黙の方が長かったから
 沈黙の間にぽつりぽつりと
 言葉をさしはさみながらといった有様で

 教室の端から端という
 ぼそぼそと立ち話をするには
 遠すぎる不自然な二人の立ち位置ではあったが
 いつ止むとも知れないそぼ降る雨のように
 不思議な立ち話は延々と続いているのだ

 話といっても給食の献立のことや
 授業中のちょっとした出来事や
 どうでもいいようなとりとめのない話題ばかりで
 
 話をするために足を止めているのではなく
 足を止めるために話を見つけているといった
 そんな雰囲気だった

 実際のところ僕は
 立ち去りがたい気持ちだった

 彼女は僕とのやりとりの中で
 「いやだぁ~」と言って
 (それは少しもいやそうではなく、
  むしろうれしそうだった)
 体を左右にゆすって
 媚びを売るようなしぐさを見せたが
 僕にはそれが疎ましくは思えず
 それどころか、むしろ好ましく思えた

 やがて足を止めるための話題も尽き
 僕たちは帰らねばならなかった
 
 教室から昇降口の下駄箱の前まで
 僕たちは黙ってなんとなく並んで歩き
 それから上履きを運動靴にはきかえて
 そこで僕たちは別れた

 別れ際、彼女は元気よく
 僕は少し恥ずかしそうに
 「さよなら」と言った

 そのとき僕たちは
 一瞬だったが
 本当にほんの一瞬だったが
 初めてまともに向き合って
 相手の瞳の奥を覗こうとした

 雨はまだ止む気配も見せず
 校舎の正面玄関のライトに照らされて
 しとしとと降り続いていた
 


【あとがき】
 私の母校の中学校は木造の校舎
でした。柱も床も壁もかなり年季
が入っていて、廊下を歩くと床板
が軋む音がしました。冬の暖房は
鉄でできた達磨ストーブで、その
日の当番の生徒が学校の裏山から
「杉っ葉(すぎっぱ)」を拾って
きて火をつけ、石炭を燃やしまし
た。その校舎が使われたのは私た
ちの学年までで、私たちのすぐ下
の学年からは、山を半分削って建
てられた鉄筋の新校舎に移り、私
たちの学び舎はその後取り壊され、
後には隣り合った小学校の体育館
が建てられました。私の母校では、
私たちが、木造校舎から卒業した
最後の卒業生になりました。
 今回は、その校舎で過ごした私
の思い出の一つを記事にしました。
これは実話です。彼女のその頃の
容貌やしぐさ、もちろん名前も、
今でもはっきりと覚えています。
ですが、歳を取りました。本当に、
遠い昔の出来事になりました。
 思い出にも「経年変化」がある
ような気がします。本人にとって
大切な要素は残され、そうではな
い夾雑物と見なされた類はいつの
間にか除去されていく。その結果、
自分にとって大切な思い出は、自
分に都合のいいように、地よい
ように純化され、美化されて、よ
り鮮明になっていく。逆に、辛い
思い出は忘れ去られていく・・・。
人に迷惑をかけないのであれば、
そして純化され、美化された思い
出が、その人の生きる糧となり、
辛い思い出は忘れ去られることに
よってその人を救うのであれば、
それはまたそれでいいことだと私
は思います。少なくとも、他人が
「けしからん」と目くじら立てて
介入するような、そういう問題で
はないように思います。
 いずれにしても、この中学3年
生のときの出来事を思い出すと、
そのとき感じたほんのり甘く、ち
ょっぴり切ない気分がよみがえっ
てきます。私にとっては、異性へ
の漠然とした憧れが、いよいよ現
実の具体的な対象を求めようとす
る意志に変化しようとしていた、
そんな時期だったのかも知れませ
ん。えっ、ちょっと遅いでしょう
か? ちなみに、この人との間に
は、その後、何の進展もありませ
んでした。
 いやはや、長い長い「あとがき」
になってしまいました。

 みなさまのブログへのご訪問と
応援に励まされております。
 最後まで読んでくださり、本当
にありがとうございました。

にほんブログ村 病気ブログへ
 
にほんブログ村 ポエムブログへ

スポンサーサイト



コメント

非公開コメント

プロフィール

あさひなせいしろう

Author:あさひなせいしろう
 拙い文章を読んでいただき、とて
もうれしいです。心より感謝申し上
げます。
 もしも何か感じるものがありまし
たら、「フリーエリア」のバナーを
それぞれ1回ずつクリックしていた
だけると、さらにうれしいです。私
のブログの生きる糧になります。お
手数をおかけしますが、どうぞよろ
しくお願いいたします。
 こうして読んでいただけたのも、
何かのご縁にちがいありません。あ
なたの人生の今日というかけがえの
ない一日が、すばらしいものになる
ことをお祈りいたします。
 最後まで読んでいただき、ありが
とうございました。
  

このブログの訪問者

フリーエリア

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR