遠い山脈(やまなみ)

1月30日5の30

遠くを見やれば
いただきに雪を冠した
山脈が見える

人のこころも
己のこころも
うつろいやすいのは
みんなうすうすわかっている

だからこそ

「あなたのことを
 いつまでも
 想いつづけます」

なんて言えたら
この上なく
幸せだろうな

だからこそ

「あなたのことを
 いつまでも
 想いつづけます」

なんて言われたら
天にも昇るほど
うれしいだろうな

あの遠い山脈に
魅かれるように

いつも何かにあこがれて
生きていたいな

あの遠い山脈に
魅かれるように



【あとがき】
 もっとときめく美しい写真が
撮れればいいのですが・・・。

 今日も最後まで読んでくださり、
ありがとうございました。


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駄菓子屋の店先で

11月24日1の30

小学4年生の私は
お腹が痛くて
学校を休んだ

お腹の痛みは朝だけで
お昼を過ぎたら
もうすっかり
元気になっていた

友だちが様子を見に
訪ねて来てくれた

二人で
神社の近くにあった
駄菓子屋へ行った

先客がいた
同じクラスの
口さがない悪童たち

「あれ、今日学校休んだんじゃない?」
「やーい、やーい、ずる休み!」

口々にはやし立てながら悪童たちは
逃げるように店を出て
走り去っていった

私は誰に訴えるというわけでもなく
「具合、よくなったんだもの。
 ちょっと買いに来ただけだもん」
と一人でつぶやきながら
店先で泣きべそをかいた

そのときだ
その店の小太りのおばちゃんが

「なんだなんだ、
 そんなことで
 泣くな、泣くな」

と言葉をかけてくれた

こんな些細な出来事を
半世紀以上も経った今でも
鮮明に覚えているなんて
本当に不思議だな

学校を休んだのに遊びに出かけた私の行動は
非難されてもしかたのない軽率なものだった

そんな悪者の私の味方になって慰めてくれた
何が正しいかとかいう理屈なんて飛び越えた
おばちゃんの優しさが

それこそ
忘れられないほど
うれしかったんだな、きっと



【あとがき】
 50年以上も前の話です。当時、
私の住んでいる町には、子どもの
足で家から歩いていける範囲に駄
菓子屋は4軒ありました。学校が
終わった平日の午後や学校が休み
の週末には、10円銅貨を何枚か
握りしめて、友だちと相談しなが
ら、その日の気分で店を選び、梅
の甘酢漬けや「よっちゃんイカ」
などの駄菓子を買いにいったもの
です。この話に出てくる駄菓子屋
は、私の家から100mほどのと
ころにある店で、最も多く通い、
おばちゃんとも顔なじみになって
いました。その後、まだ私が子ど
もの時だったと思いますが、いつ
の間にかそのお店はなくなってい
ました。おばちゃんは、ご存命で
あれば、もうかなりのご高齢にな
っていらっしゃるはずです。

 今日も最後まで読んでくださり、
ありがとうございました。

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冬の朝日

1月26日6の30
                                1月26日の朝日


午前7時

私の住む山里の
南東の山際に
冬の朝日が
顔を出す

空の反対側では
沈んでゆく月が
黙ってそれを見ている

気温はマイナス6度
皮の手袋を貫いて
寒気が沁みとおる

太陽と地球の距離は
1億4960万km
今、8分19秒かかって
ほのかにあたたかい
太陽の光が
私に届いた

光は
静かに静かに
満ちて

万物を励まし
すべての存在に
力を与える

あなたにも
この光を
届けたい

1月26日10の15
              1月26日 北西の空に沈みゆく月


【あとがき】
 1月26日、早朝に出かける用事があって、
その途次、ふと思い立って、通りかかった公
園の展望台から撮影したのが、今日の写真で
す。昇ってくる朝日を撮り、振り返ると北西
の空に、沈んでゆく月が見えました。静寂の
中で展開される壮大なスケールの無言劇に立
ち会うことができました。

 今日も最後まで読んでくださり、ありがと
うございました。


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5cmのビニールテープ

7,9.1の30

病気が進行して
すくみ足がひどくなってきた

主治医の先生やリハビリの先生方のおかげで
薬が効いているときは
以前と比べて
動きにそれほど遜色はないが
そうでないときは
けっこうしんどいときがある

たとえば、朝

目が覚めて
ベッドの上で時間をかけて上体を起こし
そろそろと床に両足を下ろす

それから、手の届く寝室の引き戸を開け
入口の木枠に指をかけて
よっこらしょと立ち上がる

そこまででも十分にまどろっこしいのだが
問題はそれからだ

足がすくんで動かず
最初の一歩が出ないときがある

動けないことには焦りながら
どうにもならずにその場に立ち尽くしている

理学療法士の先生に相談すると
いいことを教えてくださった

一歩を踏み出すその場所に
目印のビニールテープを貼っておくのだ
動かす足の目標を設定することで
足は一歩を踏み出すことができる

私の病気は
の在りようも
その症状に
影響を与えるようだ

ここで突然
希望」の話をしよう

思うに
希望とは
に灯った
小さなロウソクの炎のようなものだ

日の光がいっぱいの昼間は目立たないが
夜の帳が降り、闇が深まれば深まるほど
その輝きは増し、存在感は大きくなる

そう、何が言いたいかというと
今の私にとって
長さ5cmの赤いビニールテープは
私を導いてくれる
希望の光なのだ

体が無意識のうちに
飛ぶように動いていたときには
想像もできなかった感覚の中で
私は生きている

そうして今
ほんの些細な出来事や物事が
私をささえる
ありがたい希望になることを学んでいる

あなたが今、不安とともに
絶望の深淵を覗いているのなら、なおさら

小さくてもいいから
希望を見つけてください

小さな希望が見つかることを
私はからお祈りしています

たった5cmのビニールテープでさえ
私を導き励ます
希望となり得ているのです



【あとがき】
 投稿のない日々が長くなり、とうとう
先輩の人気ブロガーの方から「体調が悪
いのですか?」とご配をいただくこと
になってしまいました。申し訳ありませ
んでした。気分に波があり、ブログの投
稿にも影響を及ぼす自分を、ときどき持
て余しています。
 
 最後まで読んでくださり、ありがとう
ございました。


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夕日の中を

1月12日2の修正20

美しい夕日の中を
向こうの世界に行ってしまって
もう会えないと思っていた人が
帰ってくる

一日の仕事を終えて
その日の務めを果たして
も軽く
足どりも軽やかにその人は
夕日の中を帰ってくる

美しい夕日を見ていたら
そんなことが起こりそうな気がしてきた

美しい夕日の中を
まだ会ったこともない人が
やってくる

記念すべき初対面の
その期待に胸ときめかせながら
恥ずかしそうに
俯き加減になってその人は
夕日の中をやってくる

次々と湧き起こる妄想も
私のを奪う美しい夕日の
たわむれなのだろうか

そうであったとしても
それでもいいと私は思う

美しい夕日に包まれて私は
その地よさに身をゆだねながら
も体も夕日の色に染まっていく




【あとがき】
 いつも応援をいただき、感謝いたします。
今日も最後まで読んでくださり、ありがとう
ございました。

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アカシアの雨

1月12日1修正30

「アカシアの雨にうたれて
 このまま死んでしまたい・・・・」

かつて西田佐知子さんが歌って大ヒットしたこの曲を
藤 圭子さんがカバーしたCDを聞いた

恋に生きる女性の一途な思いが表現されていて
藤 圭子さんの歌声は感傷を超えて胸を打つ

恋にやぶれたときは
恋にやぶれて死にたくなったときは
この歌を唄えばいいのだと思った

繰り返し繰り返し
気がすむまで唄うのだ

そうすれば
悲しみは癒えないかもしれないが
死なずにすむと思うのだ

人が死ぬのは
悲しい

自ら死ぬのは
もっと悲しい



【あとがき
〇「この曲」について
「アカシアの雨がやむとき」
(1960年4月発表)
作詞:水木かおる 作曲:藤原秀行

 西田さんの歌も、藤さんの歌も、
それぞれ持ち味があり、魅かれま
。二人が歌ったこの昭和の名曲の
最初の一節をご紹介します。

「アカシアの雨にうたれて
 このまま死んでしまいたい
 夜が明ける 日がのぼる
 朝の光のその中で
 冷たくなった私を見つけて あの人は
 涙を流してくれるでしょうか」

 今日も最後まで読んでくださり、
ありがとうございました。

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誤解

1月3日10の30
                          1月3日朝 消え残る月

優しくなくても
君から「優しいのね」と言われると
優しくなりたいと思ってしまう

強くなくても
君から「強いんだから」と言われると
強くなりたいと思ってしまう

君の誤解を
僕は誤解していた

君の誤解は
あれは誤解ではないんだね

あれは愛だったんだね



【あとがき】
 能登半島地震。被害状況が明らかになる
につれて、伝えらえる犠牲者の数が、日を
追うごとに増えています。5日21時現在、
石川県内だけで、死者94人、安否不明者
は222人。この大惨事について、被災さ
れた方々のの痛みに思いを寄せる声が、
さまざまなメディアをとおして、あるいは
身近な友人知人からもたらされてきます。
私のブロ友の中にも、浮かれた記事は当分
の間自粛するという方もいらっしゃいます。
 人の苦しみ、悲しみに共感できる感性。
そういう感性が集まって、救済なり、支援
なり、復興なり、社会変革なり、何事かを
為し遂げていくのだと思います。感じる
を目覚めさせ、感じるを磨いていきたい
と強く思います。

  最後まで読んでくださり、ありがとうご
ざいました。

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しあわせはいつも自分のこころがきめる

1月3日6の30
                          昇り龍のような雲


「ご多幸をお祈り申し上げます」

いただいた年賀状の文面をたどりながら
ふと、書家の相田みつをさんの言葉を
思い出した

「しあわせはいつも
 自分のこころがきめる」

そうだ
何が幸せなのかは
自分で決めることなんだ

人に迷惑をかけてはいけないけれど
そうでなければ
自分で決めていいんだ

臆病にならずに
堂々と
その幸せを
楽しめばいいんだ

そうだ
人に決めてもらうことではないんだ

それは
人にどうこう言われることではないかわりに
自分で責任をもつことでもある

あなたに
私の求める幸せを
押しつけることは
もうやめよう



【あとがき】
 新年早々の1月1日、大災害が襲ってきまし
た。日本列島を震撼させた令和6年能登半島地
震によって尊い命を奪われた皆様のご冥福を
よりお祈りするとともに、被害に遭われ、困難
な状況に置かれている皆様にお見舞いを申し上
げます。さらに、安否が配されている皆様の
一刻も早い救出を願っております。

 今日も最後まで読んでくださり、ありがとう
ございました。

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曇り空

12月31日3の20

私の
曇り空

そのせいかもしれません

雲間にのぞく空の青が
の奥まで沁みてきます

私の
曇り空

そのせいかもしれません

雲間から漏れて射す陽の光が
涙が出るほどあたたかい

ちらりと見えた
そんな空の切れっぱしが

細い細い
お日様の光が

そんなに
に沁みるのかい

本当に
あたたかいのかいと

聞く人がいたら
私は反論する代わりに

決していばるわけではなくて
めんどうくさいから
こう言おうと思います

ええ、そうなんです
そのとおり

悲しい恋を
したときや

厄介な病気に
罹ってしまったときは

ほんのささいなことが
救いになることが
あるんです

それが
生きる力になることが
あるんです

それだけで
希望が生まれてくるような

そんな気がするときが
私には
あるんですよ

だから、私は毎日毎日
空のきれっぱしや、雲間から射す日の光を
探し回っているんです




【あとがき】
 あけまして、おめでとうございます。
昨年は、たくさんの応援をいただき、
ありがとうございました。おかげさま
でなんとかブログの運営を続けること
ができました。今年もがんばって投稿
して参ります。引き続き、どうぞよろ
しくお願い申し上げます。
 
 希望があれば、元気が出て、なんと
か生きていけそうな気がします。ぼん
やりしている私は希望を見失ってばか
りですが、見失っても、あきらめず、
しぶとく、希望を見つけていこうと思
っています。

 今年がみなさまにとって、希望に満
ちた、忘れられない、素敵な年になり
ますように。

 今日も最後まで読んでくださり、あ
りがとうございました。

        令和6年 元旦

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プロフィール

あさひなせいしろう

Author:あさひなせいしろう
 拙い文章を読んでいただき、とて
もうれしいです。心より感謝申し上
げます。
 もしも何か感じるものがありまし
たら、「フリーエリア」のバナーを
それぞれ1回ずつクリックしていた
だけると、さらにうれしいです。私
のブログの生きる糧になります。お
手数をおかけしますが、どうぞよろ
しくお願いいたします。
 こうして読んでいただけたのも、
何かのご縁にちがいありません。あ
なたの人生の今日というかけがえの
ない一日が、すばらしいものになる
ことをお祈りいたします。
 最後まで読んでいただき、ありが
とうございました。
  

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