にぎわい
裏山の頂上から打ち上げられた花火を合図に
運動会のはじまりだ
ときおり薄日が射してきて
遠くの駐車場にとめた
車のフロントガラスがまぶしく光る
人もだんだんに繰り出してきて
校庭のトラックの周囲もにぎわってきた
そのうち露店からソース焼きそばのにおいも流れてくるだろう
空いっぱいの万国旗
校舎に響く行進曲
ああ、陽はのんびりと照っている
歓声は空に上がる
砂を巻き上げて、人が走る
応援席に控えていた小学生の私はいつも
晴れがましさと、ものうさと、ちょっとしたゆううつを
独りでこっそり味わっていたものだ
でも、結局はがんばってしまう運動会
ほんとうにきょうは、にぎやかな、にぎやかな
拍手
選手を鼓舞し、応援する拍手
活躍をたたえる拍手
努力をねぎらう拍手
いろんな拍手がある
どうしてやったらよいかわからないので
しかたなしに、でも
おそらくこの場合は最善であろうという考えから
確信はもてぬまま、遠慮がちに、控えめに
自信なさそうに送られる拍手だってある
送る側にも事情があるのだ
助けてやりたいが、なんにもできない
拍手しかできない
そんなときがある
そんなときの拍手は、善意の拍手なのだけれども
送られる方は、なんとしても、つらい
小学2年生だった息子が走った借り物競争のレース
息子の組がスタートした
それぞれのコースの先にはカードが置いてあり
そこに書かれている物や人を探しだし
一緒にゴールするという競技
息子は遅れ気味でカードのところまでたどりつく
カードを見て、困惑の表情
(後で知ったが、カードには「5年生」と書かれていた由)
最初はゴール方向に向かい、観客席を見回していたが
目当ての人物がいないようである
おろおろしながら、スタート地点の方へ方向転換
周りを見回す目はすっかり落ち着きをなくしている
もうそのころには、ほとんどの児童が
指定された物や人を探し当て、ゴールに向かっていた
息子がすっかり混乱しているのは明らかだった
そして次第にうつむき加減になって
走り方にも勢いがなくなってきた
かわいそうに、涙が出そうになってるんだね
見かねた係の先生が、息子の持っているカードを見て
応援席にいた上級生の男子を引っ張り出し
手をつながせてゴールに向かわせた
もうほかの児童はとうにゴールしていて
トラックを走っているのは
息子と連れの上級生だけである
そのとき、進行役のPTA役員のアナウンスが流れた
「最後に走ってくる仲良し二人組に温かな拍手を!」
私は小学生のときの校内水泳大会で、泳げなくてビリになり
一人遅れて、あっぷあっぷしながら歩いてゴールしたとき
同じように拍手を促すアナウンスをされ、屈辱感を味わったのであるが
このとき、私は自分の昔の体験を思い出していた
でも、この運動会のときのアナウンスは
せいいっぱいの思いやりであったに違いない
受け止める私がひねくれているだけだ
拍手の中を、息子たちはゴールした
これも後で判明したことだが、
息子たちの組のレースの時、ゴール付近にいた教員が
スタートと同時に、子どもたちを誰もかれも一様に
ゴール方向に進むよう指示していたそうだ
息子が探すことになった「5年生」は、そちらには
一人もいなかったのに
息子は素直にその教員の言に従ったので
余計に混乱を深めてしまったのだ
レースの後でいろいろなことがわかり
私は、「ああ、そうだったのか」と思わず声を出し
息子が素直に生きていることが分かったからである
遅れたこと、レースの結果については、
何ら恥ずべきことはない
むしろほめられるべき行動であった
人に反抗しない、優しく素直な性格がわざわいしたともいえるが
少なくとも、人を傷つけてはいない
そして、優しく素直なことは
これはすばらしい美点ではないか
息子に拍手を贈った
家に帰ったら、盛大な拍手を贈ろうと思う
その素直さに、その誰も責めたりしない優しさに
運動会の夜
その夜、家族で隣町の焼き肉店へ食事に行った
息子のために主食として注文した「お子さまランチ」を
息子は「お腹がすいた」と言ってペロリと食べてしまい
デザートが来るのが待ち遠しく
「まだかな、まだかな」のセリフを連発していた
帰宅し、入浴を済ますと夜の9時を過ぎた
居間で横になっていた彼は、そのまま眠ってしまった
寝込んだ息子を、おんぶしてベッドに運ぶ
息子はまだ小学2年生である、無理もない
運動会だったんだもの、疲れているはずである
いろいろあってがんばったんだもの
ゆっくりお眠り
いい夢が見られますように
おやすみなさい