雨の朝

   キスはしないよ

 雨のしとしと降る遅い朝
 着替えを終えた私が静かに
 君のいる寝室にもどると
 
 君はまだ白い
 シルクのネグリジェのままで
 白いベッドに腰をかけ
 
 指でその長いラベンダーブラウンの
 艶やかな髪をなでながら
 ひざの上に開いた

 本を眺めていた
 私が覗くと
 君は本をぱたりと閉じ

 微笑みながら立ち上がって
 私の肩に両手をかけた
 「何を読んでたの?」
 
 そう私が問いかけると君は
 「あなたがくれた『あなたはそこに』よ。
 美しい本だわ」と

 うれしそうに答えた
 そうして君は
 私の目をその美しい瞳でとらえ

 それからゆっくり目を閉じた
 君の芳しい吐息が私の唇をくすぐる
 君はおねだりをするように

 唇をとがらせた
 「キスはしないよ」と私はささやいた
 君はけげんそうに眼を開け

 「なぜ?」と
 かすれた声で尋ねた
 私は「君の、そのかわいらしい

 唇を見ていたいからさ」 
 と答えた
 君は笑い出し

「いじわる」と言って
すねてみせた
私は

「その、すねてみせる君も
 見たかったから」と言った 
君は今度は何も言わず

私の胸にそっと頬を寄せた 
雨はしとしとと降り続いていた
君の髪の毛は

ほんとうにいい匂いがした
恋の喜びを味わい尽くすために
悲しみの予感が忍び寄らないように

二人はしっかりと抱き合った
「キスはしないよ」と
私はもう一度君の耳元でささやいた

それから、明るくこう言った
「ウソだよ」
恋する者だけに許された

二人だけの秘密の恋のたわむれ



 【あとがき】
  このの中に出てくる本の紹介です。  
   「あなたはそこに」
      (マガジンハウス)
    :谷川俊太郎
    絵:田中 渉
    谷川俊太郎さんのと田中渉さんの絵が
   融合し、美しくも切ない世界を創出してい
   ます。極上の恋の物語です。私の大好きな
   「絵本」です。

  <雑談>
   熊さんが言いました。
  「せいしろうよ、でえじょぶか? 今度の
   だが、家に行くと、いつもおんなじジ
   ャージで(そのジャージ、洗ってるか?)
   ゴロゴロしてる不細工な顔のおめえには、
   どうも似合わねえような気がするぜ。な
   んかおめえにとっては『禁断の領域』の
   ような場所に足を踏み入れようとしてん
   じゃねえのか?」
   私はこう答えました。
  「いえいえ、例えばこういうことです。毎
   朝カレーを食べてる人がいたとします。
   大好きで食べてるわけですが、ときには、
   何か別のものを食べてみるか、チャーハ
   ンでも食べるか、いや、脂っこいから、
   お茶漬けでも食べるかと、こう考えるこ
   ともあると思うんです。これと同じ
   ですよ。熊さんの言う『禁断の領域』っ
   て、よくわかんないんですけど・・・。
   ジャージ、今度洗っときます」
   熊さんは、最後にこう言って去っていき
   ました。
  「おめえの言いてえことは何となくわかる
   が・・・。つまりは、たまには気晴らし
   もしてえってこったな。するってえとな
   にかい、今度のは、さけ茶漬けってこ
   とかい。ま、いいけどな。
   ジャージ、『今度』じゃなくて、今日洗
   っといたほうがいいぞ。臭いがとれなく
   なっからな」 
  
           文章がもっともっとうまくなりたいとい
  う思いで書いています。

   今日も最後まで読んでくださり、ありが
  とうございました。
  

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みんなみんな優しかった

   おんなのひと   

 何も知らないはずなのに
 すべてを悟っていた
 うつむく私の前に置いたのは
 湯気立ちのぼる御飯と熱いいわしのつみれ汁だった
 その人が席をはずし、一人になった少年の私は
 ぽろぽろと涙を落としながらそれを食べた

 初めて出会った時から
 この人は人のの痛みで
 自分のを苦しめる人だと
 私には思えた
 でも少し違った
 すべてを受け止め
 すべてを受け入れる
 気高い意志の人だった

 ただその事実を話しただけなのに
 すぐさますべてを理解した
 誰もいない山頂の、駐車場の車の中
 助手席の君は身を乗り出し
 黙って私を抱きしめてくれた

 遠い遠い記憶の片隅
 夜の海の、二人だけの砂浜
 沖には漁火がゆれていて
 潮風に吹かれながら
 私たちは愛を探していた
 あなたのぬくもりが
 愛に違いないと思った

 その人、この人、君、あなた
 愛のありかを教えてくれ
 ぬくもりで私を包んでくれた

 みんなみんな優しかった
 おんなのひと
 
 な~んてね



 【あとがき】
  熊さんが言いました。  
  「最後の「な~んてね」はいらねえんじゃねえの?
   ていうか、まずくね? 女はこえぇよ。こんな不
   真面目な終わり方、怒らねえかな。公開して、後
   悔しねえか?」
  豪放磊落な熊さんにしては、いつになく慎重で、真
  剣になって私を配してくれました。
   いいんです。ちょっと恥ずかしくて、でも、今の
  私は何とか感謝の気持ちを表現したいという思いも
  あって、それであんな結末にせざるをえなかったの
  です。大学時代、4連続失恋の経験者である私は感
  謝の気持ちこそあれ、誰かを憎んだりする思いは微
  塵もありません。私を成長させてくれた経験ですか
  ら。ちなみに、私の失恋は、一人相撲の末自滅し、
  早々と恋の戦線を離脱するというパターンがほとん
  どでした。つくづく愚かな男だと思いますよ。
   それはともかく、ちょっと配になってきたな。
  面と向かって目と目を合わせ、目尻つり上げ問い詰
  められたら、絶対ウソはつけないものな、誰とは言
  わないけれども。あの感性と、洞察力と、度胸。女
  性は、こわっ!
   このを読んで、もしも不快な思いをされた方が
  いらっしゃいましたら、ごめんなさい。この前も、
  「まったく、すぐ調子いいこと言うんだから!」と
  ある人に言われたばかりです。
        女性は私にとって、畏敬の念を抱かせる存在です。

  最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
   
 

高原ドライブ

   思い出旅行

 「ねぇ、ドライブ、行かない?」
 居間の窓から外を眺めていた妻からの
 突然の誘いに、私は二つ返事で応えた
 天気晴朗にして、波もなし、風もなし
 暑さに負けて体調不良の私を慮り
 運転手も志願した妻にすべてを託し
 私たちは初夏の青空の下に飛び出した

 目指すは避暑地のレストラン
 往復走行距離は130km
 「だから私はおしゃれできないのよ」と
 恨み言を言われながらも
 私はいつものジャージ姿
 加速好調、愛車のアクア
 風を切って、走る、走る

 やがて目を奪うとがった山脈(やまなみ)
 標高が上がるにつれて
 耳のなかもキーンとなって
 雰囲気はすっかり観光気分
 にわかに脳裏によみがえるのは
 子どもを連れての家族旅行

 お兄ちゃんは勉強家
 旅の宿にも忘れずに
 持ってきたのは「夏休みの友」
 せっせと取り組む漢字練習

 ぐずって親を困らせた
 三つの娘も翌年は
 しっかり者のお姉さん
 スリッパ並べ、鍵管理

 妻は賢い司令塔
 あなたに任せたナビゲーター
 私は運転手に荷物運び
 言われるままの使用人
 それでも楽しい家族旅行
 思い出つまった家族旅行
 家族に感謝の家族旅行

 着いた避暑地のレストラン
 建物は歴史的建造物
 待っていたのは正装をした
 案内係の中年男
 私のジャージを上から下まで
 じろりと一瞥したあとで
 慇懃にまた手際よく
 食事の席を案内した

 ビーフカリーを食べ、お土産買って
 二人はレストランを出、帰途に就いた
 まだ真昼を少し過ぎたあたりで
 太陽は高く空にあり
 これから暑さもつのろうというころ
 散策するファッショナブルな人々も見え
 またよみがえる家族旅行思い出

 時は過ぎ、日々は移り行き
 子どもたちはそれぞれの道を進み
 いずれも遠くへ巣立っていった
 うれしさも、悲しさも、いやな思いも胸の痛みも
 この日盛りの明るい光のもとで
 みんなみんな、なつかしさの中にとけていった

 二人だけの思い出旅行
 今度はナビがポンコツで
 苦労をかけた高原ドライブ
 妻に感謝の高原ドライブ


 【あとがき】
  慇懃(いんぎん)
  意味:丁寧で懇ろなこと。
     心がこもっていて礼儀正しいこと。
           (「Wiktionary」より)

   この字が、書けませんでした。 

   今日も最後まで読んでいただき、
  ありがとうございました。

評伝 モハメド・アリ

   品性とプライドと前向きに生きる覚悟

 台風一過
 気持ちよく晴れわたった空の下で
 久しぶりに読書をしようと
 日曜日の午後
 読みかけの本を持って
 庭に出た

 陽射しは強かったが
 日陰は涼しく快適で
 ときおり木立ちの緑の枝を
 強く揺すって吹く風は
 過ぎ去った嵐の余韻であったが
 それも晴天の一つのアクセントになり
 絶好の読書日和になっていた
 
 庭木のヨーロッパゴールドの木陰に
 木製の大きな折りたたみ椅子を据え
 サイドテーブルには持参した本を置き
 準備は万端ととのった

 持ってきた本は、「評伝モハメド・アリ」
 伝説のボクシング世界ヘビー級チャンピオン
 モハメド・アリの伝記である
 書名の副題には
 「アメリカで最も憎まれたチャンピオン」
 と書いてある
 本文だけでも576ページの分厚い本だが
 買ってから数か月経つ今でも
 諸般の事情で読み進んだのは
 まだ29ページまでだった
 12歳のカシアス少年が
 ようやくボクシングに
 を託しはじめたころで
 私の読書は止まっていた
 まだ彼の伝説は始まっていない

 まずは椅子に深く腰をおろし
 それから腰を前にずらして仰向けになり
 空を見上げた
 青い空に白い雲がゆっくり流れていた

 「ああ、疲れがすうっと抜けるようだ
  気持ちがいいなあ」
 ごくごく自然な流れで
 2日前に届いた
 恩師からの手紙を思い出していた

 手紙の内容は、今の自分の生き方に
 多くの示唆を与えてくださるものだった

 「どんな困難や試練に見舞われても
  品性とプライドを忘れてはならないこと
  前向きに生きる覚悟をもつこと」

 恩師は自らの生き方に
 この教えを体現されている
 そして恩師は、この言葉を、私と同じように
 人生の師として仰ぐ方から教えられたという
 
 手紙を何度も読み返し、思い返すそのたびに
 熱いものが私の胸にこみあげる
 自分の中に勇気が湧き出てくるような気がする
 そして、人との出会いの
 不思議さとありがたさを
 あらためて静かにかみしめる

 空を見上げると
 あいかわらず
 青い空に白い雲が流れている
 明るくて幸せなこの風景を眺めながら
 私はもう一度思い返していた
 「品性とプライドと前向きに生きる覚悟」
 
 私は身もも満ち足りて
 そのまま眠りに落ちてしまった

 どれくらい眠っただろうか
 風が冷たく感じられて目を覚ますと
 空は様相を一変させ、灰色の雲がたちこめ
 今にも雨が落ちてきそうな天気に変わっていた

 急いで椅子を撤収しながら
 ふと思った
 「品性とプライドと前向きに生きる覚悟・・・
  モハメド・アリの人生はどうだったんだろう?」

 とうとう今日も
 「評伝 モハメド・アリ」は
 諸般の事情で
 1行も読み進めることができなかった



 【あとがき】

  「評伝 モハメド・アリ
   アメリカで最も憎まれたチャンピオン 
                 (岩波書店)
    ジョナサン・アイク 著
    押野素子 訳

  綿密な調査と的確な文章表現の、読み応えのある
 評伝です。なぜあさひなは読むのが遅いのかという
 と、諸般の事情と、私の怠惰、そして、おいしいも
 のや楽しみは後回しにするという性格によります。

  最後まで読んでいただき、ありがとうございました。 

月の光

   月の光にてらされて

 そびえたつ森の木々の真上に
 まるい月が浮かんでいる夜
 私たちは高原のテラスで
 優しい言葉で語り合った
 青い月の光にてらされて
 私たちの言葉も透きとおる
 青い色に染められた
 もはや粉飾は洗い流され
 言葉には、そこに込められた
 真実の意味だけが残っていた

 月の光にてらされながら
 私たちはときどき口をつぐんだ
 恋しい思いをかみしめるために
 私があなたのたましいの形を
 ゆっくり見つめていられるように
 あなたはいつまでも横顔を私にさらして
 月を見上げてくれていた

 青い月の光にてらされて私たちは
 私たちの時が過ぎゆくのを感じていた
 すべてが変わり移り行く
 この世の掟にあらがうための
 知恵を私たちは感じようとしていた
 あなたのその美しさを
 永遠にとどめる確かな知恵を

 無常に流れる時間の中で
 今確かに感じるあなたのぬくもりを
 せめて胸に刻んで生きていこうと
 あなたの美しい横顔を
 せめて目に焼き付けて生きていこうと
 今確かに実感できる
 あなたをせめて全力で
 全力で愛していこうと思ったときに
 星は一斉にまたたき始め
 月光はその青さをさらに深めた
 私たちは夜空から同意と祝福を
 この手に受け取ったように思った
 
 今を、今を、
 全力で生きていこう
 そう思ったときに
 宇宙が静かに
 賛同してくれたように
 私には思われた

 青い青い、月の光にてらされて
 あなたはどんどん美しくなった
 青い青い、月の光にてらされて
 「君はほんとにきれいだ」と
 思わず私はささやいた



はじまりのものがたり

   みんなみんな あなたのせい
 
 あなたのせい
 あなたの優しさ温かさ
 その秋空のような
 どこか遠慮がちな美しさ
 
 恋の苦しみは
 あなたのせい
 あなたを想うせつなさ辛さ
 そのにくらしい
 立ち居振る舞い

 恋のよろこびは
 あなたのせい
 私の告白にふり向いた
 その見つめる瞳の
 思いの深さ

 恋の楽しみは
 あなたのせい
 誰も知らない秘密の言葉
 その茶目っ気のある
 機知とユーモア

 この、誰かに打ち明けたい
 胸のときめき
 この、誰かに話したい
 希望
  
 恋が愛に変わるまでの
 つかの間の
 魂をとろけさす
 めくるめく恋のよろこび

 どれもこれも
 みんなみんな
 あなたの
 あなたの
 あなたのせい



【あとがき】
 恋をしたときの喜びを書こうとしました。
 「私」は自分の恋の責任を「あなた」に負
わせていますが、もちろん、「あなた」に罪
はありません。「私」もそれは承知の上で、
それでも「私」はいい気になって、ずいぶん
「あなた」に甘えているのです。 

 大学時代、恋の4連敗をくらった私ですが、
何とか頑張って書きました。
 誰かほめてくれないかなぁ。熊さんはほめ
てくれるかなぁ。

 最後まで読んでくださり、ありがとうござ
いました。

相聞歌

   相聞歌

 を見たよ 君の
たまらず空を見上げたら
深く青い空をバックに
七色の虹が見えたっけ

を見たわ あなたの
どこまでも続く草原に
一輪の黄色い花が
そよ風にゆれて咲いていたわ

を見たよ 君の
アパートのそれぞれの窓に灯がともって
一つ一つが人生だと思うと
急にが切なくなった

夢を見たわ あなたの夢よ
誰もいない山のいただき
青い月の光に照らされて二人
いつまでもこうしていたいと思ったわ

これからは
夢を見よう 二人そろって
夢を見ましょう 二人いっしょに
ほんもののそよ風に吹かれながら
ほんものの青い
月の光に照らされて


エーデルワイス

   エーデルワイス

 中学校の音楽の時間は、苦手だった

 家の隣がレコード店で
 日曜日には一日中
 はやりの歌謡曲を流していたから
 そういう歌にはなじんでいたし
 クラシックを聞けばそれなりに
 ああいいなとは思えていたから
 勉強がきらいな私としては
 五線譜に書かれた記号を覚えるのは
 必要性を感じないので
 覚える意欲もわかなかった

 これは同級生、特に男子生徒に
 同じような傾向があり
 授業を妨害するようなことはないにしても
 となりの生徒とおしゃべりしていて
 ほとんどやる気が見られなかった
 音楽の先生は女の先生だったが
 先生はこんな私たちにほとほと
 手を焼かれていらしたのではないかと
 今になって思う

 あるとき先生は
 「今からレコードを聴きます」とおっしゃって
 棚から取り出した1枚のレコードを
 プレーヤーにセットし
 それから何もおっしゃらずに
 スタートボタンを押して
 針をレコードにのせた 
 
 聞こえてきたのは英語の歌だった

 「Edelweiss,edelweiss

      Every  morning  you  greet  me・・・ 」

 清らかに澄んだ
 若い女性の歌声だった
 それまでおしゃべりをしていた
 私を含めた悪ガキどもの様子が
 一変した
 ぴたりとおしゃべりの声が消え
 音楽室にしんとした静寂が訪れた
 その中で女性シンガーの声が
 教室中に高らかに響き渡り
 そこに居合わせた
 すべての人のを奪った 
 
 音楽には、人の行動を変えてしまう
 すごい力がある 
 もしかしたら、ある楽曲に出会って
 人生が変わってしまった人だって
 この世の中にはいるかもしれないし
 歌ったり楽器を奏でたりするのは苦手でも
 ジャンルによって好き嫌いはあるにしても
 音楽を聞くのが嫌いだという人には
 今まで会ったことがない
 音楽は身近にいる
 影響力が半端ではない
 隣人である

 いい音楽に出会って、つらい出来事を
 ひとときでも忘れられたらいいな
 
 いい音楽に出会って、生きづらさ
 ひとときでも薄められたらいいな

 それがきっかけで、立ち直れたらもっといいな

 生まれてきてよかったなって思える音楽に出会えたら
 もう100点満点どころではないな

 きっかけはどこにでも転がってるんだろうな
 音楽の神様の落とし物
 見つけた者の
 勝ちですよ



 【あとがき】
 
 〇「Edelweis(エーデルワイス)」について 
      作詞:オスカー・ハマースタイン2世
   作曲:リチャード・ロジャース
  1959年のミュージカル「サウンド・オブ・
 ミュージック」に使われました。  

<引用箇所の日本語訳>
「Edelweiss,edelweiss
 エーデルワイス、エーデルワイス
      Every morning you greet me・・・ 」
  毎朝 あなたは 私に あいさつをしてくれる

 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。



銀輪の女

   銀輪の女

 銀輪の女には気をつけろ
 美しいバラにはトゲがある

 よどんだ空気の真っただ中
 飛鳥が視界を端から端へ
 鋭く切り裂き飛ぶように
 女が一人、銀輪を駆り
 人跡途絶えた真夏の昼下がりの街道を
 猛スピードで走り去った

 日よけ帽子のつばの下には
 刃(やいば)のように妖しく光る
 やや切れ長の魅惑の瞳
 長い髪を風になびかせ
 くるぶしまで隠す涼しげなスカートは
 不思議なことに風が舞っても
 銀輪に絡まることはない
 よく見ると女の服装は
 純白のウェディングドレスで
 結婚式に臨もうとする
 花嫁衣裳そのものだ

 その疾駆する自転車は
 ぴっかぴかの銀色で
 サドルだけはかろうじて
 純白の花嫁に負けないように
 吸い込まれるよなディープブラック
 女は振り返り振り返り
 何事かをつぶやきながら
 確かに俺に流し目を送った

 流し目の誘惑に心奪われ
 俺は女をつかまえようと
 自転車に乗り追いかけた
 力をこめてペダルを踏んで
 汗水たらして声をからして
 必死になって追いかけたが
 女は遠く走り去り
 やがて姿も見えなくなった

 銀輪の女には気をつけろ
 美しいバラにはトゲがある

 いったい俺は何をしている
 追いつくことをあきらめたのか
 そもそも追いつこうとしていたのか
 なぜつかまえようとしているのか
 俺は女が欲しいのか
 つかぬ間の快楽を味わいたいだけなのか
 俺は何だかわからなくなり
 混乱する頭をかかえながら
 叫び声を上げ始めたとき

 公園のベンチで目が覚めた

 今のは昼寝のだったのか

 向かい合ったベンチから
 熊さんがぽかんとした顔で私を見ていた
 「寝言いってたぞ。銀座の女って、誰?」と
 熊さんは聞いた
 私はのあらましを熊さんに話した

 「すごい美人がいたとして
 男心を盗むからって
 よってたかってあらさがしをすんのも
 それもなんだか、かわいそうな話だな」
 と熊さんは、つぶやくようにそう言った
 熊さんの好きだった人は
 きっと気配りが行き届いていて気立てのいい
 とびきり美しい人だったんだろうな、と思った

 そうであってもやはり私は
 警戒するに越したことはないと
 心ひそかに思うのだ
 だってほんとに悔しいけれど
 あんなに心を奪っていくもの
 こんなに切なくさせるもの

 銀輪の女には気をつけろ
 美しいバラにはトゲがある 

 
 【あとがき】
  ある文学作品の中で、「男と女の間に
 真の友情は生まれるのか」というテーマ
 の議論を読んだことがあります。「恋愛
 感情が邪魔をして、男と女の間には永遠
 に真の友情など成立しない」という意見
 もあれば、「同性の間と同じように成立
 する」という意見もありました。その議
 論の中で、登場人物のある男がこんなこ
 とを言います。

「男と女は、まず熱烈な恋に落ちる。それ
 から恋は破綻し、そうして初めて友だち
 になる」

 つまり、男と女の間には友情は成立する
 が、それは恋愛という過程を経て初めて
 実現するのだ、ということかと思います。
 みなさまはどんなふうに考えますか。
  ちなみに私の考えは、「男と女の間に
 は真の友情は成立する。ただし、それは
 流動的である」ということになりますか。
 「ある男」の言うように、恋愛を経て、
 それが友情に変わっていくこともあるで
 しょうし、友人となった元恋人同士が、
 焼けぼっくいに火がつくように、再び恋
 の炎が燃え上がることだってあるでしょ
 う。程度によりますが、恋愛の緊張状態
 が消え去らない方が、人生楽しいと思う
 のです。ですから、夫婦の間にも、恋愛
 の緊張状態を保つ工夫をした方がいいの
 かもしれません。

  一つみなさまにお願いがあります。こ
 こで取り上げた文学作品ですが、議論の
 骨子は鮮明に覚えているのですが、いっ
 たいなんという文学作品だったか思い出
 せないのです。チェホフあたりかなと見
 当をつけて、彼の短編小説や戯曲をあた
 ってみましたが、わかりませんでした。
 どなたかご存知の方がいらっしゃいまし
 たら教えていただけるとありがたいです。
 細かいことが気になるたちでして・・・。

  今日も【あとがき】が長くなってしま
 いました。最後まで読んでいただき、誠
 にありがとうございました。
  今日がみなさまにとって喜びと安らぎ
 と希望に満ちた、すてきな一日となりま
 すように。

東京日帰り言葉

   東京日帰り言葉

 私が小学5年生のときだった
 月曜日に学校へ行くと
 同級生の、ある男の子が
 突然、奇妙な言葉遣いをし出した
 
 話し言葉の中に「さ」とか「じゃん」がやたらと多くなり
 単語のアクセントが変だ
 異国の言葉の響きなのかと疑うほどの
 波がうねるようなイントネーションも耳に新しい
 たとえば私たちだったら普通はこう言う

 「そんでよう、行ぐとなったら、お金(がね)がいっぺや」
 (標準語訳:それでね、行くとなれば、お金が必要だろ)

 それを、その男の子は、こう言うのだ

 「それで、行くとなったら、お金が必要じゃん

 最初にその奇妙な言葉遣いや変な抑揚などを聞いたとき
 その場の会話はストップし、私たちは口をあんぐりと開けたまま
 何が起こったのか見極めようと彼を見つめた
 そして彼は、前日の日曜日、親に東京に連れて行ってもらい
 遊園地で遊んだことを、いかにも楽しそうに話し始めた
 彼は1日もたたないうちに、すっかり
 東京の言葉にかぶれてしまったのだった
 彼の気取って自慢げに話す態度も相まって
 彼は瞬く間に失笑の対象になった
 すぐにこの事件は学校中の話題となって
 給食のときなど、その話を初めて聞いた女子が
 口に含んだ汁を思わず「ぷっ」と吹き出してしまうような
 そんな事故も発生した
 彼は一躍話題の人となり
 誰が考えたのか、彼の付け焼刃のものまね言葉は
 「東京日帰り言葉」と名付けられ、揶揄されるようになった
 これには、東京まで旅行し、東京の遊園地で遊ぶ
 そんな贅沢は稀だった当時の私たちの
 彼に対する嫉妬の気持ちも
 その背景にはあったのだと思う
 
 彼の都会へのあこがれも
 背伸びしたい気持ちもよくわかるが
 1日にも満たない日帰り体験で得た情報に基づいた
 いかにも自慢げで慎重さを欠く発信は
 あまりにも軽率であった
 彼にとっては悔やまれる、痛恨の失敗であった
 ただ、彼に対する周囲の反応を
 彼は正しく受け止めていないのか
 彼の日帰り言葉はしばらく続き
 彼のおかげで我々子どもたちの
 おしゃべりの場の雰囲気は
 けっこう盛り上がった

 背伸びをせずに
 身の丈に合わせて
 まごころこめて
 わかりやすく率直に
 自分の言葉で話したい

 誰かにお願いするときも
 誰かに助けを求めるときも
 誰かに謝罪するときも
 そして君に
 大事な大事な
 告白をするときも


 【あとがき】
  カンヌ映画祭で脚本賞を受賞した
 坂元裕二氏のコメント。

 「たった一人の孤独な人のために書
  きました。それが評価されて感無
  量です」

  私も、この世界のたった一人の誰
 かに捧げるつもりでを書いていき
 たいと思いました。
  今日も読んでいただき、ありがと
 うございました。

プロフィール

あさひなせいしろう

Author:あさひなせいしろう
 拙い文章を読んでいただき、とて
もうれしいです。心より感謝申し上
げます。
 もしも何か感じるものがありまし
たら、「フリーエリア」のバナーを
それぞれ1回ずつクリックしていた
だけると、さらにうれしいです。私
のブログの生きる糧になります。お
手数をおかけしますが、どうぞよろ
しくお願いいたします。
 こうして読んでいただけたのも、
何かのご縁にちがいありません。あ
なたの人生の今日というかけがえの
ない一日が、すばらしいものになる
ことをお祈りいたします。
 最後まで読んでいただき、ありが
とうございました。
  

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