春の別れ

4.10さくら6の25

桜の花びらが、ひらひらと
散る、散る、散る

ただひたすらに
散る

何の未練もなく
次々に散ってゆく

あんなに強い風に吹かれても
どしゃぶりの雨にたたかれても

しぶとく枝にしがみつき
決して手をはなさなかったのに

散ってゆくわけを得したかのように
今、時を得たかのように

桜の花が
散ってゆく

うららかなこの春の日に
思い残すことは何もないのか
を痛めることは何もないのか

桜の花のように
君は決めたんだね
もう、行くんだね


【あとがき】
 4月10日、私の住んでいる地方は
ちょうど今、桜の開花の最盛期です。
ちらほら、散り始めているところもあ
ります。「久方の 光のどけき 春の日に
しづなく 花の散るらむ」(紀友則)
の歌のとおり、「しづなく」散って
ゆく桜の花を見ていると、見ているこ
ちらのも何となく落ち着かなくなり、
波だって来てしまうのが不思議です。


に残った言葉 17 
 
   「雨の日には
   雨の中を
   風の日には
   風の中を」
   (相田みつを 1924~1991
          人・書家)

 すべてを受け入れ、柔軟に生きられれば苦しむ
 こともないでしょうが、なかなかできるもんでは
 ありません。だから、私は胸にとどめておきたい
 言葉です。

 みなさまの応援に励まされています。
今日も最後まで読んでくださり、あり
がとうございました。

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よごれた足

4.9ラピュタ2の20

とある大学病院の整形外科診察室
痛みが一向になくならない左足首を診てもらうために
かかりつけ医の紹介状を持って
私はやってきた

しかし、そんな診察の仕方ってあるのかい
と思うような出来事が待っていた

私の裸足の左足は
診察台の上にあった

中年の、眼鏡をかけた男性医師の
診察が始まる

医師は私の左足に顔を近づけ
それから、もっとよく見ようとして
私の左足を持ち上げた

その持ち上げ方!

医師は、私の左足のつま先を
右手の人差し指と親指だけで
汚いものを持ち上げるように
つまんで持ち上げた
他の指が私の足に触れないように
慎重に、慎重に

その様子は、まるで
ゴミがいっぱいついたボロボロの破れぞうきんを
つまみあげるときのしぐさのようだった

私は顔色を変えず、しかし、の中では

(オレの足は破れぞうきんかい!)

と叫んでいた

私の足は加齢による色素の沈着で
皮膚には数え切れぬほどのシミがあり
汚らしい外観を呈している

夕べは、だからいつにもましてよく洗
ってきた

医師の気持ちも
分からぬわけではないが
あまりにも正直すぎる

医師には
患者のも診てほしかった

私には、これからの人生の中で
人様の足を診察するようなことは
恐らく、ない

だからせめて、人とお付き合いするときは

その人の

破れぞうきんをつまみあげるような
そんな気持ちで受け止めるようなことが
絶対にないようにしようと

帰途の車中で考えた



【あとがき】
 私の実体験です。左足首の変形性足関節
症と診断されました。その後、知り合いの
紹介で鍼治療を受けるようになり、おかげ
さまで今では痛みで苦しむことはなくなり、
普通に歩けるようになりました。

に残った言葉 16 > 
〇「テレビカメラが街頭に出て、国民の
  声を集めてきたみたいにいうけど、
  ヘンだよ。新橋駅前の酔っ払いが、
  国民の声を代表していいのかい」
〇「よく眠れないんで、睡眠薬をもらっ
  たんだよ。
  それで、やっと眠れたら午前4時に
  起こされて「時間です。睡眠剤のん
  でください」って言うんだ。
  寝てたんだよオレは」
  (永六輔「無名人のひとりごと」
          (金曜日)より)

   永六輔さん(1933~2016)は、著
 名な 放送作家・作詞家。
  「なんか、変だよね」と立ち止まら
 せてくれる無名人の本音。そこに目を
 つけ、価値を見い出した永六輔さんの
 知性。この本には読者の「気づき」を
 促す言葉がいっぱいです。
  最後に同書からもう一つ。大ヒット
 曲「上を向いて歩こう」の作詞者であ
 る永さんだからこそ言える言葉。晩年
 患っていたパーキンソン病のリハビリ
 の際の、医療スタッフとのやりとりで
 しょうか。

〇「首が曲がってます。
  ゆっくり、上を向いて歩きましょう。
 「上を向いて歩こう」という歌知っ
 てますか」
   ・・・
 「知りません、とうっかり答えちゃ
 った。後でバレたらまずいと思って、
 あの歌ボクが作ったんです、と次に
 あったときに言ったら、嘘ばっかり
 って笑われちゃったよ」

 いつも応援をいただき、感謝の気持
ちでいっぱいです。今日も最後まで読
んでくださり、ありがとうございまし
た。

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春の衝撃

うららかな春の日差しを浴びて
私は椿の木の傍らに
立っていた

4.5白椿1の17

白い椿の美しいことと言ったら

その、透きとおるような白い色は
の高潔さの証(あかし)

どんな汚(けが)れに遭おうとも
決して汚れに染まることがない

4.4い3の20

赤い椿の美しいことと言ったら

その、人を沈黙させる深い赤は
に秘めた情熱の証

ひとたび思いに火がつけば
命果てても燃え続ける

4.5まだら椿2の20

白地に赤を流し込んだ
椿の花の美しいことと言ったら

その、刺激的な文様は
人を導く叡智の証

繰り出される地よい波動が
見る者のに覚醒を促す

椿の花の美しさに夢見地の私が
ふと足元に目を落とすと

ちらほらと花をつけ始めた
椿の木の下には早くも

その生涯を終え
花の形を残したまま

ポトリと音立てて
地面に落ちて土にかえる
大ぶりの椿の花が

あちらにも
こちらにも

その散り際の
潔いことと言ったら

高潔で、情熱的で
叡智に満ちた存在であり続けるには
潔くあらねばならないとでもいうように

椿の花が
また落ちる

胸の奥で
落ち着かない
小さなざわめきが
起き始める

4.7は2の17



【あとがき】
 椿の木を見ると、まだ蕾がたくさん
あるのに、一方では次々に花が咲き、
散っています。桜の花がはらはらと散
様子には、「さみしさ」「切なさ」
「はかなさ」を感じますが、椿の散る
さまには、なにか潔さを感じます。
 どちらも好きです。

に残った言葉 15 >
〇「そんなに仕事って、いつもいつも楽
  しいことなんてありゃあしないよォ。
  志高くやってて、みんなうまくいくな
 んて、それもないと思う、僕は。絶対
    ないな。ホンノたまに、ちょっとある
    だけですよ、ああ生きてるの悪くねえ
    ナってのがね。それも一生懸命やって
    ないと、きっとないと思いますよ」 
 (高倉 健・俳優1931~2014
       1999.5.29朝日新聞「天声人語」より)

      天下の人気俳優・高倉健にしてこの言あり。
  この言葉を目にしたとき、黙々と働いている
 けれど、みんな本当は辛い思いもしながら歯を
 食いしばってがんばってるんだろうなぁ、自分
 もがんばるか、と思ったものです。

 みなさまの応援に、心より感謝申し
上げます。今日も最後まで読んでくだ
さり、ありがとうございました。

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杏の花


4.4ろ2の20
            アンズ  花言葉:「乙女のはにかみ」

杏の花よ

君にこんなにも魅かれるのには
何か訳があるに違いないとは思っていたが

君に与えられた花言葉を知って
やっとわかったよ

雨上がりの早朝
朝日に照らされて咲く君は
輝くように美しいが

少しはにかんでいるようにも見える

その様子が
あの人にそっくりだ



【あとがき】
 庭の杏の花が満開になりました。
そのとなりの花桃の花も、一歩遅
れて咲き始めました。最近は、野
に咲く花にも魅かれるようにな
り、タンポポとチューリップぐら
いしか知らなかった草花に関する
私の知識も、ほんの少し増えまし
た。知識が増えるのは、楽しいで
すね。誰かに話したくなります。
花々に、感謝です。

に残った言葉 14 >
〇「露と落ち 露と消えにし
  わが身かな なには(浪速)
  のことも 夢のまた夢」
        (豊臣秀吉)
 (大意)
 「儚い露のようにこの世に生まれ、
  そして去ってゆくわが身である
  ことよ。大阪での栄華を極めた
  日々も、夢の中の夢のように儚
  いものであった」
  
  天下人・豊臣秀吉の辞世の句で
 す。この句の存在を知ったときは、
 びっくりしました。自分一代で天
 下を取った稀代の英雄の、人生
 総括した感想が、ただただ「はか
 なさ」だけだったからです。それ
 と同時に、豊臣秀吉は、かなり鋭
 敏で繊細な感性をもった人だった
 のではないかなとも思いました。

  いつも応援をいただき、感
  謝申し上げます。今日も最後
  まで読んでくださり、ありが
  とうございました。

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ふくらんだよ

4.2に3の10
                 ふくらんできた椿の蕾


ふくらんだよ
庭の椿の蕾が
ふくらんできたよ

内側から力がみなぎってきて
その力が花びらを内側から
押し広げようとしてるように見えるよ

その力は、命の力だね

椿の木と同じように
僕たちの中にも命の力があって
外に出たがってるように思う

命の力は
外に出て
赤い椿の花のように
自分を表現しようとする

僕たちは
走る、跳ぶ
波を切って進む

歌う、踊る、闘う

絵を描く、楽器を奏でる
を創る

恋をする
愛し合う

僕たちも
表現せずにはいられない

生きることって
表現することなんじゃないかなぁ

ところが
椿の蕾は本能にしたがって花開くが
僕たちは自分で花を咲かせる方法を
忘れてしまっている

どうすれば自分にふさわしい表現ができるのか

自分にふさわしい
自分を表現する方法を
僕も早く身に付けたい

そうしないと

命の力を
閉じ込めたままにしてると

体がバクハツしそうです
ビョウキになってしまいそうです


4.2に2の10
                  椿の花

【あとがき】
 庭の椿の木が、花を咲かせ始め
ました。蕾がいつの間にか膨らん
でいます。命の胎動を感じました。
生きることは、自分を表現するこ
とだと思いました。自分をのびの
びと表現できないことが体の不調
の原因となっている場合って、け
っこうあるような気がします。

に残った言葉 13 
〇「これが私の故里(ふるさと)だ
  さやかに風も吹いてゐる
      置なく泣かれよと
      年増婦(としま)の低い声もする

  あゝ おまへはなにをして来たのだと・・・・・
  吹き来る風が私に云ふ」
     (「中原中也集」(角川文庫)より)

 中原中也の「帰郷」というの一節です。
 帰郷して目にした風景に自分の象を重ね
 て詠ったです。「今日はよい天気」で、
「さやかに風も吹いてゐる」のですが、
人のは、悔恨や不安でざわざわと波立っ
ているように思われます。20歳の私は、
精神安定剤の代わりにこの集を肌身離さ
ず持ち歩いていました。中也が、悩みを共
有する同志のように思えたのです。中也の
詩を読むことで、が癒されました。 

 みなさまの応援に、より感謝
申し上げます。今日も最後まで読
んでくださり、ありがとうござい
ました。

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なにやってんだろう

4.2物干し場15


こんがらがった思いを整理しようと
南に面した和室の畳の上に
仰向けになる

窓の向こう
物干し場の隙間から

青い空と、空にたなびく
薄い雲が見える

仰向けのまま
大きく伸びをしたら
何もかも
どうでもよくなっちゃった

「なにやってんだろう、俺は・・・」

疲れがどっと出てきた

自分が時間をかけてやっていることは
なにもかも
その場しのぎの悪あがきのような気がした
自分を偽る自分が見えてくる

もう一度思いっきり伸びをして
それから力を抜いて
息を吐きながら、目を閉じる

こんなに明るい春の日には
自分にウソをついたままでいるのは
簡単ではないな




【あとがき】
 ついに家にある椿の花が咲き
ました。杏の木は満開です。桜
の開花は、もう間もなくです。
春の息吹を感じる今日この頃で
す。  

に残った言葉 12 >
「ナタナエル、大切なことは君の
 眼差しの中にあるので、見られ
 たものの中にはない。」
(アンドレ・ジッド著 今日出海訳
 「地の糧」(新潮文庫)より)
 読んだ本や他人の考えに振り回されて
混乱し、悩み、劣等感の塊になっていた
私に、ガツンとショックを与えてくれた
書物が「地の糧」です。書いてあること
は難しくてほとんどわかりませんでした
が(多分今でもわかってないと思います
が)、いろんな束縛からを解き放って
くれるような言葉の数々が、読んでいて
地よく、救われたような思いもしまし
た。 

 日頃のみなさまの応援に感謝申し
上げます。今日も最後まで読んでく
ださり、ありがとうございました。


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春愁

3月19日1の15

かつて人は
燃えるように希求する
自分の望みを

メモに残して
この世を去った

「・・・・・
 あらゆることを
 自分を勘定に入れずに
 よく見聞きし分かり
 そして忘れず
 ・・・・・」

自分を勘定に入れずに
人は生きていけるだろうか

理想と現実の
折り合いをつけながら
私たちは生きている

折り合いのつけられない理想は
果たして理想といえるか

現実と切り離されているからこそ
理想は理想なのか

人は
理想に殉教したと
思えてならない

昨日も私は
自分を勘定に入れない生き方ができず

人を傷つけてしまった



【あとがき】
〇「人」と「メモ」について
 宮沢賢治の「雨ニモマケズ」です。
 全文をご紹介します。

「雨ニモマケズ風ニモマケズ
 雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
 丈夫ナカラダヲモチ 欲ハナク
 決シテ瞋(イカ)ラズ  イツモシヅカニ
 ワラツテヰル
 一日ニ玄米四合ト味噌ト
 少シノ野菜ヲタベ  アラユルコトヲ
 ジブンヲカンジヨウニ入レズニヨク
 ミキキシワカリソシテワスレズ
 野原ノ松ノ林ノ蔭ノ小サナ
 萱(カヤ)ブキノ小屋ニヰテ
 東ニ病気ノコドモアレバ行ツテ
 看病シテヤリ
 西ニツカレタ母アレバ行ツテソノ
 稲ノ束ヲ負ヒ
 南ニ死ニソウナ人アレバ行ツテ
 コハガラナクテモイイトイヒ
 北ニケンクワヤソシヨウガアレバ
 ツマラナイカラヤメロトイヒ
 ヒデリノトキハナミダヲナガシ
 サムサノナツハオロオロアルキ
 ミンナニデクノボウトヨバレ
 ホメラレモセズクニモサレズ
 サウイウモノニワタシハナリタイ」

 今日から4月。春もいよいよ本番
す。みなさま、どうかよい春をお迎え
ください。
 最後まで読んでくださり、ありがと
うございました。


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初音(はつね)


3月30日4の20
                 ユキヤナギ 花言葉:「気まま」


よたよた歩きの
散歩の途中
うぐいすの初音を聞いたよ

楽譜どおりに歌えなかったり
途中で声がとぎれたり

歌のレッスンは始まったばかり
よちよち歩きのうぐいすの初音

よちよち歩きとよたよた歩き

始まりも終わりも優しく包み込んで
春の日が照っていたよ

何かうれしいことに出逢えそうな
春の日だったよ



【あとがき】
 寝不足の日の散歩。次項でご紹介
する西行法師の歌に導かれるように
初めてのルートを歩いたら、歩く距
離がかなり増えてしまって、散歩の
終盤は、気息奄々、青息吐息。ひど
い目に遭いました。何事も、よく体
調を整えてからですね。

に残った言葉  11 
「吉野山 こぞのしをりの道かへて
  まだ見ぬかたの 花をたづねん」
               (西行法師)
(現代語訳)
 吉野山。去年枝折りして入った道を変
えて今年はまだ見たことのない方面の花
を尋ねよう。
     (「新日本古典文学大系 11)
 
 「花」とは、桜の花のことです。
 間もなく4月。勉強でも仕事でも、新
しい領域新しい業務が与えられること
でしょう。毎年、桜の開花が話題になる
ころ、この歌を思い出し、未知の領域に
わくわくしながら分け入っていけるだけ
エネルギーを、今から蓄えておきたい
なと思ったりしてました。

 いつもの応援、より感謝申し上
げます。
 今日も最後まで読んでくださり、
ありがとうございました。

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雨に想う

3月26日3の15

朝から雨は
しとしとと降り続いていて

今日は一日雨になった

木立ちを濡らす雨は
葉の上で仲間を集め
ひときわ大きな雫となって地面に落ち
静かに土に吸い込まれていって
恵みの雨となって大地をうるおす

紆余曲折を経て
人と人との信頼関係が深まっていくように
愛が深まるのにも
時間がかかるはずだ

あなたと私の愛もきっとそうなのだ
紆余曲折を経て深まっていくのだ

静かに土に吸い込まれて
大地をうるおす恵みとなる雨のように

私たちの愛が、お互いのをうるおしつなげる
本当の愛になるように
私たちは愛を大切に育てていこう

ゆっくりと
あせらずに
時間をかけて

しとしとと降り続ける
春雨のように
たゆまず

大地に雨滴が沁み込むように
ひっそりと


【あとがき】
 3月26日、私の住んでいる地方は
雨で、最高気温は10度に届かず、う
すら寒い日になりました。寒暖の差が
激しい日が続いています。皆様どうぞ
お体ご自愛下さい。

に残った言葉  10 
「ゆっくり歩む者は、一番遠くまで行く」
         (ロシアのことわざ)
 私は病気のせいで、最近は歩くのがゆっくりになって
 しまいました。遠くまで行くこともできません。でも、
 このことわざは励みになります。「ゆっくり」であるこ
 とにもメリットを見い出してくれているのです。

 いつも応援をいただき、感謝申し上げます。
 今日も最後まで読んでくださり、ありがと
うございました。


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つばきの蕾

3月25日6の20
           ツバキの蕾 花言葉:「控えめな優しさ」「誇り」



つばきの蕾は
まだかたいよ

つばきの蕾は
ねむっているよ

つばきの蕾は
夢を見てるよ

恋しい人に出逢うため
きれいな花を咲かせよう

恋しい人と結ばれて
やがて大きな実になろう

かたいかたいつばきの蕾は
熱い熱い夢を見てるよ

つばきの蕾よ
もう春だよ

夢はきっとかなうよ



【あとがき】
 庭のつばきの木には堅い蕾が
いっぱいついていて、花を咲か
せるチャンスが訪れるのを、今
か今かと待っています。そのと
きが来れば、つばきは一斉に花
を咲かせることでしょう。蕾た
ちは、今、花咲く自分を夢見て
いるに違いありません。
 本格的な春ももうすぐ。私も
夢や希望をもって生きていたい
なと思います。

に残った言葉 9 >
・「明治以前の日本人は死ねば
れきりなどとは思っていなか
ったのであってこの一生を長い
旅路の一日のごとく思っていた
のである。」
(岡潔・おか きよし1901~1978)
 岡潔さんは、日本の数学者。せっかく
ですので、岡さんの言葉、あと二つ紹介
させてください。
・「本だって読むことより読み
たいと思うことのほうが大切な
のです。」
・「まだ、したいことはいっぱ
いあるから死にたくない。しか
し、だめだろうなあ、あしたの
朝には命はないなあ。計算ちご
た。」

 いつも応援いただき、感謝申
し上げます。今日も最後まで読
んでくださり、ありがとうござ
いました。

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プロフィール

あさひなせいしろう

Author:あさひなせいしろう
 拙い文章を読んでいただき、とて
もうれしいです。心より感謝申し上
げます。
 もしも何か感じるものがありまし
たら、「フリーエリア」のバナーを
それぞれ1回ずつクリックしていた
だけると、さらにうれしいです。私
のブログの生きる糧になります。お
手数をおかけしますが、どうぞよろ
しくお願いいたします。
 こうして読んでいただけたのも、
何かのご縁にちがいありません。あ
なたの人生の今日というかけがえの
ない一日が、すばらしいものになる
ことをお祈りいたします。
 最後まで読んでいただき、ありが
とうございました。
  

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