2023/06/10
雨の朝
キスはしないよ
雨のしとしと降る遅い朝
着替えを終えた私が静かに
君のいる寝室にもどると
君はまだ白い
シルクのネグリジェのままで
白いベッドに腰をかけ
指でその長いラベンダーブラウンの
艶やかな髪をなでながら
ひざの上に開いた
本を眺めていた
私が覗くと
君は本をぱたりと閉じ
微笑みながら立ち上がって
私の肩に両手をかけた
「何を読んでたの?」
そう私が問いかけると君は
「あなたがくれた『あなたはそこに』よ。
美しい本だわ」と
うれしそうに答えた
そうして君は
私の目をその美しい瞳でとらえ
それからゆっくり目を閉じた
君の芳しい吐息が私の唇をくすぐる
君はおねだりをするように
唇をとがらせた
「キスはしないよ」と私はささやいた
君はけげんそうに眼を開け
「なぜ?」と
かすれた声で尋ねた
私は「君の、そのかわいらしい
唇を見ていたいからさ」
と答えた
君は笑い出し
「いじわる」と言って
すねてみせた
私は
「その、すねてみせる君も
見たかったから」と言った
君は今度は何も言わず
私の胸にそっと頬を寄せた
雨はしとしとと降り続いていた
君の髪の毛は
ほんとうにいい匂いがした
恋の喜びを味わい尽くすために
悲しみの予感が忍び寄らないように
二人はしっかりと抱き合った
「キスはしないよ」と
私はもう一度君の耳元でささやいた
それから、明るくこう言った
「ウソだよ」
恋する者だけに許された
二人だけの秘密の恋のたわむれ
【あとがき】
この詩の中に出てくる本の紹介です。
〇「あなたはそこに」
(マガジンハウス)
詩:谷川俊太郎
絵:田中 渉
谷川俊太郎さんの詩と田中渉さんの絵が
融合し、美しくも切ない世界を創出してい
ます。極上の恋の物語です。私の大好きな
「絵本」です。
<雑談>
熊さんが言いました。
「せいしろうよ、でえじょぶか? 今度の
詩だが、家に行くと、いつもおんなじジ
ャージで(そのジャージ、洗ってるか?)
ゴロゴロしてる不細工な顔のおめえには、
どうも似合わねえような気がするぜ。な
んかおめえにとっては『禁断の領域』の
ような場所に足を踏み入れようとしてん
じゃねえのか?」
私はこう答えました。
「いえいえ、例えばこういうことです。毎
朝カレーを食べてる人がいたとします。
大好きで食べてるわけですが、ときには、
何か別のものを食べてみるか、チャーハ
ンでも食べるか、いや、脂っこいから、
お茶漬けでも食べるかと、こう考えるこ
ともあると思うんです。これと同じ心理
ですよ。熊さんの言う『禁断の領域』っ
て、よくわかんないんですけど・・・。
ジャージ、今度洗っときます」
熊さんは、最後にこう言って去っていき
ました。
「おめえの言いてえことは何となくわかる
が・・・。つまりは、たまには気晴らし
もしてえってこったな。するってえとな
にかい、今度の詩は、さけ茶漬けってこ
とかい。ま、いいけどな。
ジャージ、『今度』じゃなくて、今日洗
っといたほうがいいぞ。臭いがとれなく
なっからな」
文章がもっともっとうまくなりたいとい
う思いで書いています。
今日も最後まで読んでくださり、ありが
とうございました。